<無形民俗文化財情報>

<名称>権現山日子神社御田植祭行事(附)粥占い(ごんげんやまひこじんじゃおたうえさいぎょうじ)

<種別>福岡県みやま市指定無形民俗文化財

<公開日>毎年3月15日

<公開場所>権現山日子神社(福岡県みやま市瀬高町長田)

<時間>10:00~御田植祭

粥占いは、境内に粥を展示する施設があって随時見れる。また、粥担当者がおられ、その説明も聞ける。

<駐車場>神社には祭り関係者のみ駐車できる

一般の参拝者は「八楽会教団」の駐車場に駐車可能(祭り関係者に確認されたし)

<トイレ>神社に仮設トイレあり

<問合せ先>みやま市教育委員会 社会教育課 市史編さん係  TEL0944-32-9183
  
    
 
   <海津御田植祭の内容説明>

 毎年3月15日に五穀豊穣、無病息災を祈願して、福岡県みやま市瀬高町長田の権現山日子神社で御田植祭(みやま市指定無形民俗文化財)が行われます。

権現さんの御田植祭は江戸時代、米の増産を目的に、田の神を田植え前に祀ったのが始まりといわれており、同時代には山岳信仰が盛んになり、その風潮が日子神社の御田植祭

にも影響し、参拝者が増加したといわれる。明治維新、一時的に参拝者は激減したが、1883(明治16)年頃から、祭りも復活し、有明海のノリ業者の参拝が多く、露店もたく

さん出て賑わったと言われる。

この祭りは地元の子どもたちによって伝えられている。境内の一角に四方に青竹を立て、その間に注連縄(しめなわ)をめぐらし御神田に見立てる。その中で長(おさ)と早乙

女(さおとめ)達によって、「御田植え唄」でのユーモラスな掛け合いが始まる。その内容は以下のとおりである。


長「神まつる、瀧の白糸、打ち映えて、御田植急がん、御田植急がん。抑々今日は如月十五日、当社の御神事にて、候程に、早乙女を呼び出し、御田植を植え、初めばやと、存

じ候。如何に早乙女達、之に来り候へ」

長「如何に早乙女達、御神田を、植え初めばやと、存じ候」

<田植えが始まる・・・長が早乙女達をからかう>

長「植え植え、早乙女、化粧文(けそうぶみ)をやろに」

早乙女「化粧文賜るなら、尚田を植えに」

長「化粧文持たぬ者、何しようと目みやろ」

早乙女「いや面にくいや、男の言うた事、腹が立つ」

<ここで早乙女達は持っていた苗(松の葉)を長に投げつける>

最後は

長「あら目出度いな、目出度いな」

早乙女「かかる目出度き、御田植え」

長「千町」

早乙女「万町」

合唱「御田植えて、民も豊かに国土安穏、治まる御世こそ、目出度かりけれ。」


早乙女達がまいた早苗(松の葉)を、自分の田んぼの四隅に置くと豊作になるといわれ、多くの参拝者が拾って持ちかえる。

以前は早乙女役は男の子と決まっていたそうであるが、現在は女の子も多数参加している。子供の数が少ないのでそうなったの事。

また同時に、境内の施設で粥占いの結果が公表される。この粥占いはよく当たるそうで、江戸時代は藩主が粥占いの結果を聞きに家臣を行かせ、米の作柄予想で1年間の藩の財

政を決めたと言う。


現在の粥占いは「日子神社奥院記念御悟」として次の項目を結果として公表している。

大年、日、雨、大豆、早稲、普通稲、小麦、裸麦、果樹、いぐさ、施設園芸、たけのこ、芋類、野菜、海苔、交通事故、火災、稲虫、流行病、大風、大雨、山、陸、海、筑後、

筑前、肥後、肥前

<NIA取材記>

 2018年3月15日取材を行った。保存会から指定された「八楽会教団」の駐車場から参道入り口まで200mぐらい。入り口から日子神社までは山道を登って1500mほど。

撮影機材を担いでの登りは疲れたが竹林や杉林の森林浴はすがすがしかった。

日子神社は小さい社であった。境内も狭い。注連を張られ神田も狭い。本当にここで御田植祭がなされるのかと思った。

保存会の粥占い担当者の説明が、カビが生えた粥を前でなされていた。奥が深くて分らないことも多かったが、これを科学的根拠のないこととすることはできないと思った。

ほどなく子だもたちによる御田植祭が始まった。昔は全員男だったが、今は女児も数人混じっている。どの文化財でも、昔のしきたりを守っていたのでは存続が難しくなってき

ている。ここの御田植祭は早乙女による田植のみで、他所で行われる牛や腹ぼての妊婦も出てこない。したがって10分ほどですぐに終わる。

終わった後は、早苗として撒かれた松葉を拾う人でしばし賑やかになる。
                                                         記:2018年4月22日 池松卓成