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取材日:2011年9月23日

動画は Windows Media Player でご覧いただけます

動画と音声は、自動的にスタートしますが、

容量が大きいので30秒程の時間が必要です。

先に下の文化財内容説明をご覧ください。


<無形民俗文化財情報>

<名称>三間坂の荒踊(みまさかのあらおどり)

<種別及び指定日> 佐賀県武雄市指定無形民俗文化財(指定日2007年3月30日)

<所有者・管理者>三間坂無形文化財保存会

<問合せ先> 武雄市役所山内支所  TEL0954-45-2511

<出版物>「武雄市史」


<公開情報>

<公開日>毎年9月23日(祝日)

<時  間> 11:30 鎮守大神社の一の鳥居に全員集合
12:00〜 打ちこみ(荒踊、綾の道踊)  
12:20〜 野戦捲り
12:35〜 開会式
12:50〜15:40 14種程度の浮立が舞われる(猿という演目は面白い)
15:40〜16:20 荒踊(武雄市指定無形民俗文化財)
16:20〜17:05 吹き流し、閉会式

<公開地>鎮守大神社(鎮守権現神社ともいう)、(佐賀県武雄市内山町三間坂、道の駅「山内」の近く)

雨天時は山内町スポーツセンター

<交  通>JR佐世保線「三間坂」駅下車 徒歩5分

<車の場合>西九州自動車道「武雄南IC」より15分

<駐車場>鎮守大神社15台程度、道の駅「山内」に駐車可能

<食  事>近くに道の駅「山内」がある(徒歩2分)

<温  泉>武雄温泉施設がある

<宿  泊>調査中


公開日時は、変更になることがありますので事前に確認されてお出かけ下さい。

<問合せ先> 武雄市役所山内支所  TEL0954-45-2511




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<三間坂の荒踊の内容説明>

 三間坂の荒踊は、武雄市三間坂(鎮守大神社)で公開されている武雄市指定の民俗芸能である。武雄には朝日町中野(磐井八幡社)、東川登町宇土手(正一位神社)、

西川登町高瀬(松尾神社)の3つが「武雄の荒踊」として国指定の無形民俗文化財となっている。そのいきさつは、昭和の合併で、後3者は武雄市となり、三間坂は杵島郡

山内村であった事もあって、武雄市にあった後3者が国指定となった。三間坂は平成の合併で武雄市になったが、2007年に国指定ではなく武雄市指定無形民俗文化財

に指定された。荒踊りは旧武雄領内に伝承されるも民俗芸能で、その起源については諸説があり定かでないが、享禄3年(1530年)島原の有馬氏が武雄を攻め、住吉城

に迫った時、第18代武雄領主後藤純明が夜襲によってこれを破った。その戦勝祝いに足軽たちが即興的に踊ったのが始まりとされる。その33年後、永禄6年(1563年)

には、有馬氏が第19代武雄領主後藤貴明を島原に招待して暗殺を計画した。貴明は、家臣たちに踊り衣装を着けさせて同行させ、一応の礼式が終わったところで踊りを

披露し、貴明も踊りの輪に入って無事退出したという。そのときの踊りが「荒踊」とされ、この頃には一定の形式が確定していたと推定されている。

荒踊は、モッショ(猛将、模師匠)とカキ(垣)と呼ばれる踊り手と、笛・鉦・モリャーシ(締め太鼓)・大太鼓などの囃し方及び謡い手から成り立っている。モッショは先モッショ

(2〜3名、三間坂は2名)と後モッショ(1〜2名、三間坂は2名)からなり、踊り手の中心かつ指揮者となる。モッショの周りにカキが円陣をつくり、謡い手の唄に合わせて力

強く軽快に踊られる。「三間坂の荒踊」は、「武雄の荒踊」と共通するところが多意が三間坂だけなのは、踊り全体の中で先モッショと後モッショが交互に中央に出て踊る所や

唄の歌詞にも相違がみられる。退場に際しては、後モッショが最後列にいて、守る形で後ろを見せない格好で退場していく。



<荒踊りの唄>

1;恋の心 お別れ故 候 ヤソコイ  あのまーつ 女郎に振り掛かる ヨイヨイソコイ  寝てーも 覚めても 忘すれ わあすうれ ハッ

ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ハッ

トンチャチャ トンチャチャ トンチャ トンチャ トンチャチャ トンチャチャ シッ

2;富士は 瀬戸の あるいは 何時までも ヤソコイ 情の末の 言の葉も ヨイ ヨイ ソコイ 名残り忘るな 吾も わーれーも ハッ

ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ハッ

トンチャチャ トンチャチャ トンチャ トンチャ トンチャチャ トンチャチャ シッ

3;アラヘイヤ アラヘイヤ 御世はいよなんさァー ヨエンエンソラ

御世は めーでたのホイ 若松さーまよのー 枝もイヨナンサー ヨエンエンソラ 枝も栄えてホイ

葉も 茂るのー アラヘイヤ アラヘイ


以下8番まであるが省略する。3番と4番には、以下の8調子(足踏み)がない。

ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ ハッ

トンチャチャ トンチャチャ トンチャ トンチャ トンチャチャ トンチャチャ シッ


動画の中では1番と2番を完全に収録しているので、唄い方と踊りの兼ね合いを確認していただく事が可能です。


                                                         資料は三間坂無形文化財保存会よりいただき、転記させていただきました



NIA取材記>


「三間坂の荒踊」は2011年9月23日の秋分の日に撮影した。この日は武雄市内のあちこちで荒踊・面浮立・かんこ踊が奉納される。佐賀県の無形民俗文化財の撮影はこの

「三間坂の荒踊」が最初となった。荒踊りは上記の説明のように、島原の有馬氏が武雄を攻め、住吉城に迫ったが、その住吉城は山内地区にあったようだ。それではその地元

の荒踊を先ず取材してみようと思って行ってみた。鎮守大神社は大きく立派な神社で石組された高台に神殿がある。神殿から見下ろす位置に境内の広場がありそこで奉納がある。

荒踊は、午後3時すぎに奉納があるが、正午の打ちこみも関係があるので見逃さないようにしていただきたい。映像は、この2者をつなげて放映しているので留意されたい。

荒踊なるもの、今回が初めての見聞であるので軽々しくのべることは控えたい。今後、数多の荒踊を取材する内にその価値をしっかり体得したいと思う。

末文ながら、保存会の会長及び関係各位にはたいへんお世話になった。資料等の御協力をいただいた前田英純氏にはとくに感謝申し上げる。

三間坂は ヘイ ヘイ ハッと 八調子

                                                                                     記述 2011.12.31 池松卓成


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