<無形民俗文化財情報>

<名称>多久聖廟釈菜(たくせいびょうせきさい)

<種別>佐賀県指定無形民俗文化財

<公開日>毎年4月18日(春季)毎年10月の第4日曜日(秋季)

<時間>10:00~12:30

<公開場所>多久聖廟(佐賀県多久市多久町1843-3)

<駐車場>多久聖廟駐車場 150台程度

<トイレ>多久聖廟駐車場

<問合せ先>公益財団法人 孔子の里  TEL 0952-75-5112

公開日時は変更になる場合がありますのでご注意ください。
 
 
 
<多久聖廟釈菜の内容説明>

「子曰、學而時習之。不亦説乎。有朋自遠方來。不亦楽乎。人不知而不慍。不亦君子乎。」(子曰く、学びて時に之を習う。亦説(悦)ばしからずや。朋有り 遠方自り来たる

。亦楽しからずや。人 知らずして慍らず。亦君子ならずや。)

「子曰、吾十有五而学志于學。三十而立。四十而惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而從心所欲不踰矩」(子曰く、吾 十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして

惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず。)

「子曰、故而知新。可以爲師矣。」(子曰く、故きを温めて新しきを知る。以て師為る可し。)

中国の春秋・戦国時代には多くの思想家が生まれ諸子百家と呼ばれた。その中でも、後の東アジア一帯の歴史・文化に大きな影響を与えた「儒家」の創始者孔子の言葉です。

儒家の思想(儒学)は、のちに科挙制度と融合し道徳の規範となった。

日本においては、古くから律令制や文化などの形でその影響を受け、目上・目下の意識やそれに応じた行動の使い分け、礼儀作法や倫理観などは、元を辿るとこの儒学に至る場

合が多くある。「儒学」は、徳川幕府が政治体制の強化のために推奨したこともあり江戸時代に最も盛んに学ばれ、またこの時期に孔子を祀る廟も各地に創建された。

多久聖廟は宝永5年(1708)に鍋島藩二代藩主 鍋島光茂の四男で多久の4代邑主だった多久茂文によって孔子像が安置され、領民に「敬」の心を培わせるために建てた孔子廟

です。 現存する聖廟としては足利学校(栃木県)、閑谷学校(岡山県)に次ぐ古い建物で禅宗様仏堂形式と呼ばれる我が国の代表的な建築様式ですが、中国に近いので渡来人

も多かったという地域的な特徴のためか彫刻や文様で中国的な雰囲気を醸し出している。

「多久聖廟釈菜」は儒学の祖で学問の神といえる孔子を祀る伝統行事で多久聖廟創建後、300年以上脈々と続いています。式典では、雅楽が演奏される中、中国「明」時代の装

束の祭官(多久の市長・議会議長・教育長・小中学校長および副校長・熟練者など)が孔子と4人の弟子(顔子・曽子・子思子・孟子)の像に7種類の食べ物と甘酒をお供えす

る。孔子に感謝し、丁重にお供えをあげる儀式には、釈奠(せきてん)と釈菜(せきさい)がある。釈奠は牛・羊・豚などを供える儀式です。多久聖廟では甘酒や銀杏(棗)・

栗・芹・筍の蔬菜類と雉肉(鮒)・御飯・餅などを供える釈菜が行われている。式典後は中国から導入した「釈菜の舞」や楊琴の演奏などがあり観客を魅了する。

先ず、「釈菜の舞」であるが、釈菜の文化的付加価値を高めるために、孔子の生誕地である中華人民共和国山東省曲阜市の孔子廟の祭典の礼に倣い、曲阜市人民政府の協力指導

を得て、平成7年度に導入創設された。

「釈菜の舞」は、中国では、「ホウ古祭孔楽舞(ほうこさいこうがくぶ)」と言い、ホウ古とは古典を意味する。

中国においての孔子祭典が国家的な式典となったのは、今からおよそ2千年前の漢の時代といわれており、祭孔楽舞は、この時代に創始されたものと推測される。

伝統的な古典の舞「祭孔楽舞」は、現在でも曲阜市孔子廟の祭典「文化節(9月26日)」で、中国伝承の雅楽に合わせて奉納されており、「明、徳」「生、民」「春、秋」「惟

、天」「攸、敘」などを表現した108手によって構成されており、その形式は、「ハチイツの舞」となっている。「ハチイツ」とは、1列8人並ぶ舞で64人の舞生の体型と

なっている。多久聖廟の釈菜の舞として導入された祭孔楽舞は、一部を省略した七種56手よりなり、舞生も1列5人づつの四列からなっている。

「腰鼓」は中華人民共和国における伝承民俗楽器の一つで、伎楽器(ぎがくき)に類し、鼓(鼓面形20cm、長さ40cm)を飾り紐で肩にかけ、腰の辺りで撥で打つ楽器であ

る。中国南北朝時代梁の国の荊楚歳時記に「村人並撃ニ細腰鼓一」とあり、今から約1500年前に使われている事がうかがえる。演技の種類、方法は地方によって若干異なり

およそ10種類程度あって、組み合わせによってさらなる展開も可能である。

今から約300年前、多久第4代邑主多久茂文公が設けた学問所「東原庠舎」は、現在、小中一貫校の多久市立東原庠舎西渓校となっており、「釈菜の舞」「腰鼓」はここの

生徒さんたちで継承されている。

                                                      公益財団法人 孔子の里 のHPより一部抜粋
<NIA取材記>

 2018年4月18日取材を行った。道路の要所に多久聖廟の案内看板があり、迷わずに到着できた。駐車場も広く立派で、聖廟入り口では孔子のゆるキャラが出迎えてくれた。

受付で取材の許可証をもらい聖廟に行ったが、TV局やケーブルTV、その他たくさんの取材陣がいて撮影の場所がない。仕方なく聖堂の左側の所に空きがあったのでそこに三

脚を立てて撮影を行った。

献官や祭官が聖廟内に入ると、どっと取材陣が聖廟内になだれ込む。これ、やりすぎじゃないかと思った。私も聖廟内の撮影は許可されていたが、長年続く釈菜の神聖さ、無形

民俗文化財としての価値を尊重して聖廟外から撮影を行った。

「釈菜の舞」は、中国の文化の匂いがする。動き緩やかではあるが華麗さがある。一転、「腰鼓」は動作が激しく、鼓を打つバチを握る手には赤い布も握られていた。これは中

国独特の演出である。私は中国に15回ほど滞在した。そこで見た民俗芸能に近いものがあり、懐かしい思いにふけった。


                                                               記述 2018.5.11  池松卓成