<無形民俗文化財情報>

<名称>太神楽(だいかぐら)

<種別>佐賀県指定無形民俗文化財

<公開日>毎年4月の第1土曜日、日曜日(2018年は3月31日,4月1日)

<時間>1日目(お下り)櫛田宮 ⇒下の宮 18:00ごろ~21:30ごろ 

2日目(お上り)下の宮 ⇒ 櫛田宮 13:00ごろ~16:00ごろ 

<公開場所>櫛田宮(佐賀県神埼市神埼町神埼419番地1)

<駐車場>櫛田宮は祭り関係者のみ駐車、参拝者は櫛田宮周辺の各所で無料駐車可能

<トイレ>櫛田宮の一の鳥居近くの神幸館に屋外トイレがある

<問合せ先>神埼市役所商工観光課  TEL0952-37-0107
  
 
      
 
   <太神楽の内容説明>

肥前國風土記によると景行天皇が今から1930余年前に櫛田宮を創祀されて以来、荒廃した地が神の幸をうける平和郷となり、神幸(かむさき)と名付けられた。これが後

に「神埼」という地名になった。

また、櫛田大明神縁起には、櫛田宮の御祭神の御神徳は、国土万民の安泰繁栄を守護し、あらゆる災難を除き給う事は「神代より末代の今に至る迄、霊験あらたにして威徳

世に盛に、利生掲焉にして賞罰分明なり」とに明記され、厄はらい・車両はらい・地鎮祭・縁結び・安産・病気平癒等の神さまとして仰がれている。

弘安4年(1281年)蒙古襲来。神埼本宮より末社博多櫛田神社へ神剣を移して異賊退散を祈り、霊験あらたかなものがあった。

この櫛田宮では毎年神幸祭が行われる。「みゆき大祭」とも言われ、その行列の先頭に佐賀県重要無形民俗文化財である「尾崎太神楽」が先払いとして道行する。

この太神楽は尾崎地区の東分と西分とが交互に出番となり、2018年度は尾崎東分が担当した。

太神楽の記録は少ないが、観応3年(1352)足利尊氏から神埼御家人本告執行あての下文中に「太神楽・八乙女」という記述がある。

伊勢の太神楽に、獅子がしらがよく似たものがあるが、櫛田の神の神使いの大蛇を現すものという長大な胴体に特徴がある。20~30人の若者が獅子使いとして胴の下に入って

舞う。また、小児の棒術や少女の擦りササラもあり、大変古いものである。歌詞のうち、丹波与作については近松の浄瑠璃からきた「はやり唄」が紛れ込んでいる。

伊勢系統のお祓いをする太神楽であって、獅子頭の白い紙は有り難いお守りとされているため、行列の途中でも観衆が手をのばして取るような姿も見られる。

<NIA取材記>

2018年3月31日と4月1日の両日取材した。

3月31日はお下り。18:00から下宮に向かって3時間かけて神崎町家をゆっくりと御神幸行列が行く。その先頭を緑色の獅子がねり歩き、暗くなった路地を満月の明かりを頼

りに暴れまわる。その光景は素晴らしかった。

4月1日はお上り。13:00下宮での舞を行ってから櫛田宮に向かって3時間かけて神幸する。人出も多数でとても賑わった。昔は身動きできないぐらいの参拝者があったそうであ

る。

神楽といえば天照大神の物語の岩戸神楽を連想されると思うが、太神楽(だいかぐら)はこれらとは大きく違う。太神楽という名を知らなくても、海老一染之助・染太郎の傘回

しを中心とした曲芸はご存知と思います。彼らの芸が「太神楽(曲芸)」です。

永正年間(1504~1521)の末期、伊勢国度會郡山田郷が飢饉に見舞われ、しかも悪疫が流行したので、これを払うため獅子頭を産土神として祭り、家々をめぐって獅子を舞い

、報謝を受けた事に始まったという説があります。

また、いずれが元祖であるかは明かではないが、古くから伊勢派と熱田派の2派があり、それぞれ伊勢神宮、熱田神宮の神官の子弟が獅子頭を廻し、「代神楽」として全国を廻

り、いつしか獅子舞を主とした神楽舞に放下の芸(曲芸)が加味されて、現在の太神楽の形が作られました。

太神楽は『舞』『曲芸』『話芸』『鳴り物』の四つの柱から成り立っています。

【舞】   → 獅子舞・恵比寿大黒舞など
【曲芸】  → 投げ物(撥・鞠・ナイフ・輪など) 立て物(傘・五階茶碗・皿など)
【話芸】  → 掛け合い茶番(源三位頼政・祐兼参詣・五段目・鹿島の舞など)
【鳴り物】 → 下座音楽・祭囃子など

戦乱が収まり徳川家康が江戸幕府を開府すると、太神楽師達は各大名に付いて地方へ広がり、獅子舞で氏子の家々を御祓(おはらい)する風習が生まれました。

このように神様への奉納、氏子への祈祷などが主の「神事芸能」の太神楽でしたが、その後寄席の出現などに伴い「舞台芸能」へと変化をしていきます。

獅子舞の余興として演じていた曲芸は、娯楽を提供する「寄席芸能」へと発展していきました。

江戸時代に広まったこの太神楽曲芸は、明治・大正・昭和と時代と共に技芸を発展させて、平成の現在へと受け継がれている伝統芸能です。

                                                                                                                                               記述 2018.4.27 池松卓成