<無形民俗文化財情報>

<名称>大内田神楽(おおうちだかぐら)

<種別>国指定重要無形民俗文化財

<公開日>毎年4月第4土曜日

<公開場所>大内田研修センター(福岡県田川郡赤村大字内田3535、太祖神社1の鳥居付近)

<時間>20:00~23:00

<駐車場>大内田研修センター前に15台程度駐車可能

<トイレ>大内田研修センターにある

<問合せ先>赤村役場政策推進室  TEL0947-62-3000
 
(注意)公開日時は変更になる場合があります 
   
 
   <大内田岩戸神楽の内容説明>

 大内田の岩戸神楽は、明暦元年(1655)に始まるという。当時、この村に牛馬の疫病がはやり、人々にも及んだので、太祖神社の神にうかがいを立て、神籤を引いたところ

「神楽を行え」の神意が出た。神楽を行ったところ疫病が止んで、村人は喜んだ。それ以後、家が三軒になるまでは、毎年四月の神幸祭に万年願として神楽を行うことにした

明治年間まで、築上群築城町「赤幡神楽(国指定重要無形民俗文化財)」を主として呼んでいたという。

現在の神楽は、赤幡神社の神職、神太郎右衛門を招いて赤幡神楽の指導を受け、12人の神楽講で始まった。それ以来、大内田神楽として舞われてきたが、その所作の基本型は

拝礼、うち込み(左右三べん)、舞切、かけ出し、折柳、うち込み(左右三べん)、舞切、拝礼である。足はすって舞え。所作は上は大きく下はちいさく、逆三角形のように

舞えと教えられているという。

神楽の音楽は太鼓・笛・鉦でそれぞれ一人が行う。神楽の曲目は以下の通りである。

①撒米(まきごめ)

米をのせた三方を正面に置き、赤の狩衣の人が一人で舞う。拝礼後、左手で右袖先をつまんで回り、袖を翻して舞う。その後、三方の米を右手にとり、左手で押さえて下がり

舞台をめぐって南(神輿に向かって右)に米をまく。それを西、北、正面に繰り返す。5分程度の舞である。

②折居(おりい)

赤と青の狩衣の二人ずつ、四人で舞う。左手に扇、右手に小幣をもって出る。口上を唱えながら舞ったり、前後交代で舞ったり、輪になったりして舞う。

15分程度の舞である。

③御福(みふく) ④花神楽(はなかぐら) 

⑤地割り(じわり) 

この演技は暦に関するもので、春が木の神、夏が火の神、秋が金の神、冬が水の神である。それぞれ90日間(旧暦・太陰太陽暦では1年は360日)を支配する。ところが土の神

には支配する季節はない。そこで、入る時期を要求し他の神々と斬りあうのである。式部が仲裁し、春夏秋冬が始まる前の18日間(土用)、合計72日間を土の神に与えた。

これですべての神は72日間を支配することになった訳である。土の神は中央を支配し四季の主となった。

⑥幣切り ⑦前御神先 ⑧舞上御神先 ⑨綱御神先前段 ⑩綱御神先後段 ⑪盆神楽 ⑫岩戸の舞 
<NIA取材記>

 取材は2018年4月28日に行った。大内田研修センターがわからず、赤村役場で聞けば分かるだろうと役場に行った。土曜日なので職員はいなかったが、駐車場におられた人

に場所を聞いた。田川地区水道企業団の看板から左折したらよいとの事。役場から3kmはあるだろう。やっとのことで大内田研修センターに着いた。

午後3時頃だった。神楽は午後8時からだそうでだいぶん時間がある。午後6時ごろ弁当を食べて撮影準備にかかった。

午後7時30分。だいぶん観客が増えてきた。午後8時、太鼓が鳴り出し神楽が始まった。小学校高学年の男児による「撒米」が舞われた。とても上手で、観客の拍手が沸き起こ

った。

「御神先」では鬼と式部の争いは見どころがある。鬼は急に観客席に行き、母親の手から幼児を奪い取る。泣き叫ぶ幼児、何でもない様子の幼児、いろいろな個性が見られ面

白い。午後11時頃、熱気の中、神楽は終わった。

                                                         2018年5月26日 池松卓成 記す