<無形民俗文化財情報>

<名称>感応楽(かんのうがく)

<種別>国選択無形民俗文化財

<公開日>隔年(偶数年)4月30日~5月1日

<公開場所>大富神社(福岡県豊前市大字四郎丸256),住吉大富神社(お旅所)、各神社

<時間>10:00~20:00(2日間で13回各所で舞う)

<駐車場>大富神社に70台以上駐車可能、,住吉大富神社(お旅所)には臨時駐車場有

<トイレ>大富神社にある

<問合せ先>豊前市教育委員会 生涯学習課 文化芸術係  TEL0979-76-4724
 
(注意)公開日時は変更になる場合があります 
   
 
   <感応楽の内容説明>

 この芸能は、福岡県豊前市四郎丸字山田に伝承されるもので、九州方面に多く分布する太鼓踊の一種であり、単に楽、楽打とも呼ばれている。

疫病退散祈祷のため修験者より伝授された舞楽を奉納したところ霊験があり、舞楽を永久奉納するとの誓詞があった。

大富神社では春の「神幸祭」、夏の「名越祭」、秋の「御供揃祭」と三つの大祭がある。中でも最も規模の大きいものが春の神幸祭である。明治10年(1878)頃より4月30日

、5月1日になされていた御田植祭と結びついて、今日の大祭典となっているが、もとは旧6月30日、7月1日に行われた名越大祓の神事であった。

この楽に就いて大富神社に伝わる口伝書によると、文武天皇元年(697年)に始まったという。天正15年(1587)まで執行された後、延宝4年(1676)まで中絶、同5年巳6月

より継続していると記されている。感応楽とは、天地すなわち神人感応を旨とする踊のことで、天地感応楽・国楽とも呼ばれており、五穀豊穣、雨乞い、天下泰平、国家長久

を目的に舞う。現在、実施は隔年で、西暦の偶数年に奉納される。

祭典の前日(4月29日)には足ナラシとして昔は大庄屋、今は保存会長の邸前で楽打をする。

祭の当日(4月30日)は御神幸の出発の前、大富神社の拝殿前で打ち、次に神輿に供奉して八屋町八尋浜の御旅所に至り、神輿の前で奏される。

翌日(5月1日)は四郎丸の中で10ヶ所の社頭で打ち、神輿が大富神社に還御の上、拝殿前で今一度奏する。その上で保存会長の宅前にて打納楽を打つ。

舞の中心になるのは、中楽と団扇使である。中楽は迫(さこ)の谷、前の谷から三名づつ六人で茶布をかぶり、赫熊をつけ、紺絣、ヘラの木の皮で作った腰布、前垂、黒脚絆、黒

足袋、草鞋の出で立ちで締太鼓を胸の前に抱え、御幣を背負う。団扇使は二人で、裃に菅笠、角団扇をもち楽の指揮をとる。

お囃子は笛・鉦で構成され、この他に読み立て・5尺ほどの丸大団扇持ち、汐水取り、さらに側楽(花楽)として中楽と同じ服装で子供達が参加する。神輿三体が到着すると船歌

組による「天狗そろい」が歌われる。広場の中央に御幣が立てられ、「感応楽祭文」の読み立てがなされた後、中央にかがり火が炊かれる。、

その周りを正副の団扇使いが舞楽を行う中楽(なかがく)を先導する。中楽を内側に、側楽・囃子と三重の円陣を組んで舞う。、中楽は撥を大きく振り上げ太鼓を打ち鳴らし、

大団扇使いが別に2人いて、国樂、感応樂と表裏に書いた大団扇を扇ぐ。これら激しい動きを通じて神と感応する。

踊の手は「ダンメンドロ」「道楽」「念仏の切」など十九種があり、その演技・演奏法は豊前地方の代表的な楽打として貴重なものである。

以下に感応楽の奉納日時を記す。

4月30日 ①大富神社=11:40 火有り  ②お旅所(神幸場)=17:30

5月1日  ①杉ヶ谷の水神社=7:30 組長宅 ②上迫の稲荷神社=9:00 6戸で交代 ③迫の大歳神社=9:50 ④西船入の蛭子社=10:40 県道四又路 ⑤広山の蛭子社=11:30
     ⑥荻田の四公神社=12:20 楽打後昼食 ⑦荻田の貴船神社=14:00 ⑧湯越の天満神社=14:50 ⑨高野の高木神社=15:40
      ⑩中組の大己貴神社=17:30 堂坪(どんつぼ) 火有り ⑪大富神社=19:30 火有り  ⦿「火有り」は、かがり火を焚くという意味です

決められた場所で感応楽を奉納する中楽を本樂(ほんがく)という。その他の場所で奉納する中楽を代樂(だいがく)といい、本樂のOBが務める。なお、中楽は3回しか務めること

ができない。2日間で13回、19楽もある感応楽を奉納するので凄い重労働で若い人でないと務まらない。新樂→右(中楽)→左引き(リーダー)と進級する。

囃子方は、裃をつけた笛12人、菅割笠の鉦打ち2組4人。舞楽の奏者に水を飲ませる水取が2人。少年が演じる読立や就学前の幼児が演じる側樂(がわがく)も重量な人々である
<NIA取材記>

 取材は2018年5月1日に行った。11時ごろ大富神社に着いた。別表神社で勅使の為の手洗い井戸もあり格式が高い。1の鳥居は15mはあろうか、とても大きい。

神社には人影が全くない。そこでお旅どころを訪ねていくことにした。お旅どころも大富神社という。車で10分はかかる。歩いていくには遠すぎる。

お旅どころには駐車場がない。大船、山鉾、踊り車や露店で境内はいっぱいである。

3台の「踊り車」は町内をねり動き、着物を着た女性が舞っている。これらの撮影が終わったので、本宮に帰って感応楽の奉納を待った。16時ごろ鉦や太鼓の音がする。

何だろうとカメラ片手に見に行った。感応楽が舞われていた。上記⑨での奉納であった。

保存会の人から情報によると上記⑩は取材した方がよいとの事。大富神社の駐車場から歩いて15分程度である。そこには駐車場がないから歩くしかない。

神主が馬に乗って現れ、3体の神輿も到着して船歌組の唄があって、「感応楽祭文」の読み立てがなされ、かがり火が炊かれ感応楽が奉納された。

次は大富神社拝殿前での感応楽である。雨が降る中、午後7時30分、暗闇の中に踊る人々をかがり火が怪しく照らし出し、素晴らしい映像が撮れた。

                                                       2018年5月28日 池松卓成 記す